聞いてるのに、聞いてない。
私が大学にいた頃、
授業で日本舞踊がありました。
先生は私達にいつも
「あんたらは曲が聞こえてるだけで
聞いてない!ちゃんと聞け!」
と仰っていましたが、当時の私は、(聞こえてるねんから、聞いてるってことじゃないの…)と悶々していました。
でも授業を重ねるごとに少し理解できたような気がします。
おかげで私は曲や話をきちんと聞くことができる。とまではいかないものの、
自分が今、
″聞いてる″
のか
″聞こえてるだけ″
なのか、
以前よりわかるようになりました。
正直、どれだけ集中して本を読んでも、説教を聞いても、音の羅列にしか感じない時があります。
それは、今の私とはあまりにも遠いからなのか、藻搔いて藻搔いて周りが見えなくなっているからなのか、力不足なのか、それとも素敵な説教ではなかったからなのか。いろんな理由があります。
それでも、″音″を捨てるのは勿体無い。
人はすごく頻繁に立場や環境が変わる。その都度、自分に必要な言葉も変わる。
だから、今持っている言葉だけでは生きていけない。
興味のなかった失恋ソングが、
失恋した瞬間胸に刺さるように
ただの″音″の羅列でしかなかったものが、いきなりブワッと私の中に、″言葉″として入ってくる瞬間、自分がアップロードされたような気持ちになります。
だから、私は本当の意味で聞くことができる、音を言葉に変える事ができる人間になりたい。
そのためにはたくさんの″音″をストックしておかなきゃなぁ。
そしてそれが、言葉になればなるほど、たくさん素敵なものに出会えるんだろうなぁ。
と、次の舞台の打ち入り帰り
考えていました。
さいなら